2016/05/15

[韓国映画] 王の涙 イ・サンの決断(2014) その3

 「王の涙」がもつ普遍性

わたしが一番感動したのは、やはりこれ。
この「普遍性」だった。


時代を超え、男女を超え、国を超え、たくさんの人々の魂に訴えかける真理。

それが普遍性です。

絵画を見ても、映画を見ても、歌をきいても、すべてにおいて普遍性がある作品って、時を超えて人々の心に残っていく。

それは海馬という脳内器官にではなく、心というあたたかな胸の奥に深く伝わる。

王イ・サンは映画の中で中庸23章を引用していたけど、この中庸こそがまさにその役割を果たしたと思う。

心が深くなぐさめられるような感覚に襲われたのはわたしだけではないでしょう。

この引用はこの映画のキーワードとなる。
この作品が一番言わんとしたことではないのかしら。

引用は前編と後編の2カ所で出てくる。

後編にいたってはエンディングそのものにもなっている。
重要な意味合いをもち、またわたし自身、この中庸のおかげでこの映画が特別なものになった

ああ、そうか。古典に戻って考えるのもいいな。
中庸、よくぞやってくれたってかんじ。


中庸って、わたしもよく知らなかったけど、儒教の経書である四書の一つで、中庸とは「偏りが無く永久不変」という意味で、道徳の原理、不変の道理を論じたものという。大学は政治を語り、中庸は主に倫理を論じたと言われている。

※四書:大学、論語、孟子、中庸


わたしなりに解釈したのだけど、中庸は、人の価値を武力や戦略というワードのみで規定せずに、人としてまず小さな事に誠を尽くす(至誠)ことの大切さを説いている。

小事に至誠をつくすことで、水面がひろがるように万象にすこしずつ変化が生まれ、その小さな変化の集積がこの堅牢な世の中を変えていくことになるという。

なんてすばらしいのだろうと体が震えたわ・・・

こんなこと頭のどこかで分かってはいても、改めて古典として教わると感動するのよね。
しかも、武力や金や策略で世の中を変えるのではなく、至誠を尽くして徳を修めた者が世の中を変えることができるんだという教え。
だれか答えられるか?

わたしの社畜会社は変えられないにしても、希望あふれる思考ね。

正宗は、形式ばかり重んじる老論派の家臣に問いかける。
だれか、中庸の23章をそらんじることができる者はいないかと。



しーん。だーれも答えられない。
王イ・サンの悲しさは、自分が常に刺客に狙われるという境遇に加えて、
この国を支える重鎮たちが保身にばかり走り、学問を置き去りにし、徳を研鑽しようとしなかったことにあったと思う。
その悲しみははかりしれない。



王は最後わたしたちに語り掛ける。
国を治める立場として、至誠の重要性を。

「そう。この世の中は変えられる」




美しすぎる・・・

そして、王が平原の向うに力強く走っていくエンディングを見た瞬間、
体中を熱い血がざーっとめぐり、ああ、ヒョンビン様さいこーっっっ!

・・・とおばさんは深い感動にひたったのであった。
ぜひ見てあげてください。


韓国映画ってほんとーにすごいわ。

大好き。



王の涙 イ・サンの決断


その1 その2 おまけ

ヒョンビンのエンディング(中庸)




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